ハリソン・フレミング・カルガリー市広報局長との意見交換

令和8年6月1日
 6月1日、倭島総領事はハリソン・フレミング・カルガリー市広報局長を公邸にお招きし、意見交換を行いました。
 
 今回フレミング局長をお招きしたのは、先のジェレミー・ファルカス・カルガリー市長との懇談において、倭島総領事が、同席していたフレミング局長が日本で初めてネイティブ話者として英語を教えたカナダ人であるラナルド・マクドナルド氏のご子孫であるということを偶然知ったことがきっかけでした。
 
 ラナルド・マクドナルド氏は、フォート・ジョージ(当時は英米共同占有の地。現在のオレゴン州アストリア)で生まれたメティス(ファーストネーションとヨーロッパ系入植者にルーツを持つ人)の冒険家であり、教育者でした。マクドナルド氏は、日本が200年以上にわたり鎖国していた1848年に、いち早く日本に入国した人物の一人です。当初北海道沖で漂着を装って拘束されたものの、移送先の長崎で、森山栄之助(後にマシュー・ペリー米国東インド艦隊司令長官による開国交渉で、日本政府の通訳を務めた人物)などの日本政府の役人に英語を教える任務を与えられました。
 
 今回の意見交換を通じ、カルガリー市との連携を深められただけでなく、日本とカナダが共有する歴史を振り返ることで、その強い繋がりを再確認することができたことは、非常に感慨深い機会となりました。